研究概要

1.国内・国外の研究動向及び位置づけ

親の社会・経済的背景や家庭環境における不平等が教育を介して再生産されるという教育格差の問題は、古くから経済学者や社会学者により、理論構築がなされ実証されてきた(英国バーンステイン(Basil Bernstein)の言語コード論、米国ボールズ(Samuel Bowles)/ギンタス(Herbert Gintis)の不平等再生産論、仏ブルデュー(Pierre Bourdieu) /パスロン(Jean-Claude Passeron)の文化資本論、レイモン・ブードン(Raymond Boudon)の社会移動論など)。諸外国では、人種・民族、社会階層、家庭の物的環境などの属性的差異が教育格差となり、経済格差や貧困の再生産をもたらすと考えられ、格差是正の有効性を求めて就学前教育などに政策介入がなされてきている。
 「一億総中流」意識が流布し、一時期平等社会と評された我が国にあっても、近年、教育社会学者などにより、子どもの教育達成・学力形成に、経済的・文化的要因、社会心理的要因、学校要因が複合し複雑に絡み合って大きく影響している現実や、子どもをめぐる格差が拡大・再生産されていることが実証されている(近年では、藤田英典(2012)「現代の貧困と子どもの発達・教育」『発達心理学研究』第23巻第4号、耳塚寛明編(2014)『教育格差の社会学』有斐閣など)。また、教育格差の以前に子どもをめぐる成育環境への問題提起(阿部彩(2008)「子どもの貧困-日本の不平等を考える」岩波書店)やそれを裏づけるOECD(経済協力開発機構)のデータにより、子どもの貧困が社会問題として取り上げられ、平成25(2013)年6月には「子どもの貧困対策の推進に関する法律」が成立している。このように、教育格差に対応する施策の一環として、どのような家庭に生まれた子どもであっても等しく教育機会を享受できるよう、就学前の政策的介入やセーフティネットの構築、その教育的効果の検証が喫緊の課題となっている。
 以上の点から、本研究は、➀格差是正のためになされた政策的介入(例:米国ヘッドスタート、英国:シュアスタート、フランス:ZEP政策)の教育効果の実証(エビデンス)、その根底をなす政策レビューと現在の制度に関する研究、②国内外の事例研究から、教育格差是正の目的のための多様なパートナーの連携によるセーフティネット形成の実態と課題の検証、③格差是正のためのセーフティネットのあり方とその効果の総合的検討・考察により、今後の「子どもの貧困対策」などの教育格差是正のための施策に資する知見を提供する。

【研究の全体図】(教育格差是正のための社会的セーフティネットシステム形成のための総合的研究)
研究方法 研究対象
日本 米国 英国 フランス
1.先行施策の実証(政策レビュー) ヘッドスタート シュアスタート ZEP/REP政策
2.各国の格差是正のための制度(法律・施策・社会セクター)研究 ・子どもの貧困対策推進に関する法律 ・AFDC
・Title 1
・Child Poverty Act ・RSA(revenu desolidarité active)
3.事例研究(セーフティネットの核となる組織) ・NPOサポートセンター(中間支援組織) ・NPO ・チャリティ ・アソシアシオン
4.総合的検討・考察 国内外の研究(制度研究+事例研究)に基づく日本の政策への知見提供

2.着想に至った経緯

(1)社会セクターによるセーフティネット形成の事例

本研究のメンバーは、国立教育政策研究所プロジェクト「多様なパートナーシップによるイノベーティブな生涯学習環境の基盤形成の研究」(平成26-27年度)の主要メンバーである。この研究所プロジェクトは、学習・教育資源が減少する中でイノベーションをもたらす学習環境創出に対する連携の意義を問い、パートナーシップ形成の成立条件、教育・社会的相乗効果検証を試みるものである。プロジェクトでの国内の先導的な事例の収集・分析過程で、効果的なパートナーシップのためには、➀パートナーとなるべき組織・団体をつなぐ中間支援組織の重要性、②差し迫った社会的、地域的課題に対する目的の共有、③組織・団体間の強みと特徴を把握した上での棲み分けされた役割分担、などが不可欠との知見を得た。この間、中間支援組織である「大阪NPOセンター」や東京「NPOサポートセンター」の調査から、退職教員、保護者、学生、市民などが連携し地域の貧困家庭や学力不足の児童を支援する取組み(特定非営利活動法人教育支援・門真っ子)や、生活困窮家庭の子どもへの学習支援事業(特定非営利活動法人キッズドア)など、子どもの貧困や教育格差をめぐる深刻な社会問題に対し、多様なパートナーシップ(公的セクター、民間セクター、社会セクター)によるきめ細かな対応の試みを知り得た。このような経験を経て、公的機関が公平性や中立性などから迅速、綿密な施策が打てない中、NPOや社会的企業などの社会セクターが、社会問題へのセーフティネットを紡ぐ核となっていることに注目するに至った。
 以上の点で、本研究は、国立教育政策研究所プロジェクト「多様なパートナーシップによるイノベーティブな生涯学習環境の基盤形成の研究」の成果や知見を土台に、研究テーマを「教育格差是正のためのセーフティネット形成」という喫緊の課題に絞り込み、研究所プロジェクト研究では不可能な海外調査を含めてプロジェクトをスピンアウトし、未来の教育政策の充実に向けて、教育格差是正のためのセーフティネットシステム構築に関する総合的な知見提供を行う。

(2)教育効果のエビデンスについての欧米の研究成果

欧米諸国では、家庭における教育格差を是正するために、就学前教育に対する政策介入(米国ヘッドスタート、英国シュアスタート、フランスZEP/REP政策)が試みられ、その効果を実証する研究が多くなされてきた。例えば、英国での研究エビデンス活用と政策との関係を取り上げたSandra M. Nutley, Isabel Walter and Huw T.O.Davies, Using Evidence: How research can inform public services, The Policy Press, 2007.では英国での就学前教育への政策介入(シュアスタート)の先導的取組みの実態からその効果が詳細に分析されている。このような英国の事例とともに、米国やフランスにおいて貧困対策や格差是正のために実施されている就学前教育施策の教育効果の検証と公的セクター、私的セクター、社会セクターの連携によるセーフティネットの形成を明らかにする研究が、「子どもの貧困」対策の検討における判断材料として重要であり、我が国の政策に資する社会的意義を持つと考える。

3.研究内容

(1)研究期間内に明らかにする点

  1. 日本、英国、米国、フランスの4か国の子どもの貧困対策の現状を明らかにし、比較する。
  2. 国内外の事例調査から、教育格差への公的セクター、私的セクター、社会セクターの連携によるセーフティネットの事例を取得する。
  3. 海外の就学前教育に対する政策的介入の効果を検証し、実証的研究(エビデンス)と政策活用との関係を検証する。
  4. セーフティネット形成のために多様なアクターが連携しうる前提条件を提示する。

(2)学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義

【特徴・独創的な点】

  1. NPO支援の中間支援組織の機能を明らかにし、連携のモデルを提示する。
  2. 教育格差を是正するきめ細かなネットワーク形成を示唆する。
  3. 研究エビデンスの政策活用事例を諸外国の施策から検討する。

【予想される結果と意義】

  1. 我が国における異なるセクター間の連携のあり様を提示する。
  2. 他国の事例から、我が国の政策提言に生きる事例を提示し政策議論に寄与しうる。